2011年8月10日水曜日
archiXing閉鎖のお知らせ
突然のお知らせになり大変申し訳ございませんが、この度、Experience Transportersの加藤康祐さんに協力していただいて作った、情報共有サイトarchiXingを閉鎖いたします。
2011年3月11日の東日本大震災以降、建築/都市系の人々がそれぞれの復興支援活動についての情報共有を行うためのウェブサイトとして立ち上げたarchiXingですが、本日をもちましてサービスを停止させていただきます。
管理人である小泉自身、宮城県石巻市での中心市街地復興に向けての活動に関わっていますが、そこで重要だったのは現場でのリアルな意見交換でした。
震災直後はSNSなどでの情報共有がとても有効に働きました。震災から五ヶ月が経とうとする今、web上での震災についての話題はおちつきはじめています。
それぞれの被災地において現場で復興活動に関わる人々の声を集め、その動きが行き交うことで震災復興へのヒントを見つけられるかもしれないという思いからarchiXingを開設しましたが、自分自身も含めて今はまだ目の前の課題に一つ一つ取り組むことに手一杯で、自身の活動を一般化して伝えることができませんでした。自分のリソースにも限りがある以上、今はweb上の議論の場よりも現場で実践することに重きをおくべきだと痛感しました。
archiXingの主旨に賛同してメンバー登録していただいたみなさまには大変申し訳ございませんが、ここで一度このサイトを閉じることをどうぞご理解ください。
私自身、引き続き石巻をはじめとした震災復興の現場で活動していきます。
その過程ですでに動かれているみなさまとは必ずどこかでそれぞれの活動が交差することがあるかと思います。そのときはぜひ膝を突き合わせてお話ができればと思います。
再び東北の街に人々が穏やかな生活を取り戻せるようがんばりましょう。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2011年8月9日
archiXing管理人 小泉瑛一
2011年7月20日水曜日
ニュー魯曼停オープン
石巻でまたひとつ新しく復活オープンしたバーがあります。
その名も「ニュー魯曼停」。
元々は石巻中央の商店街に面したお店でしたが、今回被災し、ホテルのバーに場所を移して新装開店しました。
6月頭にヒアリングの一環でマスターの阿部明さんと知り合い、ロゴも新しくしたいとのことでデザインをさせて頂きました。学校などで個人的にポスターなどは作ったことありますが、当然お店のロゴデザインははじめてでした。グラフィックデザインの入門書片手に文字を一から作りましたが、最終的には明さんにも気に入っていただき、無事看板として完成しました。
石巻でも一癖二癖あるオトナ達が夜な夜な集まる日本酒バーの新しい顔をデザインさせて頂いたことは光栄でもあり、緊張でもあり。。
ともあれ自分のデザインしたものが世に出るのはうれしいですね!
その名も「ニュー魯曼停」。
元々は石巻中央の商店街に面したお店でしたが、今回被災し、ホテルのバーに場所を移して新装開店しました。
6月頭にヒアリングの一環でマスターの阿部明さんと知り合い、ロゴも新しくしたいとのことでデザインをさせて頂きました。学校などで個人的にポスターなどは作ったことありますが、当然お店のロゴデザインははじめてでした。グラフィックデザインの入門書片手に文字を一から作りましたが、最終的には明さんにも気に入っていただき、無事看板として完成しました。
石巻でも一癖二癖あるオトナ達が夜な夜な集まる日本酒バーの新しい顔をデザインさせて頂いたことは光栄でもあり、緊張でもあり。。
ともあれ自分のデザインしたものが世に出るのはうれしいですね!
明さん、オープンおめでとうございます!
2011年7月1日金曜日
RIVER
国破れて山河在り…
とは少し不適切な言葉かもしれないけれど。
しかしながら山河在るところに人も居るものである。
人が居れば国というシステムの再構築もできる。
杜甫は春望という詩で、戦によって荒廃した都を嘆いたが、ここは二の句を勝手に希望の言葉に替えて継ごう。
石巻の若き茅葺き職人は言った。
「葦ってほっておいても勝手に生えてくるんすよ。またそれを刈り取って屋根に葺く。朽ちてきたらはがして土に還す。ぐるぐる回ってる。そういう方が自然じゃないすか。」
僕らは大きなサイクルの中のひとつの切り替えの時期にいるだけなんだろう。
北上川は今日も滔々と流れる。
2011年6月13日月曜日
地方都市をバージョンアップさせること
もはや横浜よりも石巻にいるほうが長いです。
石巻が抱える問題は、日本の地方都市が抱える問題そのもの。
郊外にイオンがあって、中心市街地から人が減り、誰かが新しいことをやって街を変えてくれることを待ち望んでいる。
カリスマは現れないけれど、津波が先に来てしまった。
震災後の復興というのは、震災前の状態に「戻す」ことではなく、街がそもそも抱えていた課題を少しでもクリアして前に進むこと。
今はただひたすら目の前に現れる人や出来事にリアクションする毎日だけど、今やってることが街を変える力になるのだと信じて頑張ろうと思います。
しかし、ここだけ時間の流れが速いんじゃないかってくらいには濃密。
石巻が抱える問題は、日本の地方都市が抱える問題そのもの。
郊外にイオンがあって、中心市街地から人が減り、誰かが新しいことをやって街を変えてくれることを待ち望んでいる。
カリスマは現れないけれど、津波が先に来てしまった。
震災後の復興というのは、震災前の状態に「戻す」ことではなく、街がそもそも抱えていた課題を少しでもクリアして前に進むこと。
今はただひたすら目の前に現れる人や出来事にリアクションする毎日だけど、今やってることが街を変える力になるのだと信じて頑張ろうと思います。
しかし、ここだけ時間の流れが速いんじゃないかってくらいには濃密。
2011年5月16日月曜日
またまた石巻
いま石巻に10日間ほど滞在しています。
実は前回、ゴールデンウィークのときに陸前高田、気仙沼、石巻と二泊三日で来ていたんですが、ブログに書いてアップしたのにBlogger側の不具合なのか全部吹っ飛んでしまいました。
もう一回書くのはめんどうなのでかきません。
さて三回目の石巻です。
毎日いろんな人にあっています。
明日からは東工大から院生が三人来て、合宿状態です。
わりと若い人に囲まれてるけど、同世代はいないので楽しくやりたいです。
最初は「うわー被災地悲惨すぎる」と思うんですが、二回目で街の人達の復興のきざしが見えて希望をもち、三回目ともなると元々の石巻の構造とか面白い場所や建物が見えてきて、建築のプロジェクトとしても面白いフィールドだと思います。
そしていい人たちに当たってると思います。
石巻自体は戦後から大きくなった遠洋漁業の街だけど、そのなかでも頭の柔らかい人たちとチームが組めてます。ありがたいです。
どうせやるなら楽しくやりたい。
そのためにはスキームをねらなきゃいけないし、ロジックを組み立てなきゃいけない。
いろんな意味でアーキテクトを目指したいと思った一日でありました。
というわけでこの滞在中、時間があったらブログにも書きたいと思います。
実は前回、ゴールデンウィークのときに陸前高田、気仙沼、石巻と二泊三日で来ていたんですが、ブログに書いてアップしたのにBlogger側の不具合なのか全部吹っ飛んでしまいました。
もう一回書くのはめんどうなのでかきません。
さて三回目の石巻です。
毎日いろんな人にあっています。
明日からは東工大から院生が三人来て、合宿状態です。
わりと若い人に囲まれてるけど、同世代はいないので楽しくやりたいです。
最初は「うわー被災地悲惨すぎる」と思うんですが、二回目で街の人達の復興のきざしが見えて希望をもち、三回目ともなると元々の石巻の構造とか面白い場所や建物が見えてきて、建築のプロジェクトとしても面白いフィールドだと思います。
そしていい人たちに当たってると思います。
石巻自体は戦後から大きくなった遠洋漁業の街だけど、そのなかでも頭の柔らかい人たちとチームが組めてます。ありがたいです。
どうせやるなら楽しくやりたい。
そのためにはスキームをねらなきゃいけないし、ロジックを組み立てなきゃいけない。
いろんな意味でアーキテクトを目指したいと思った一日でありました。
というわけでこの滞在中、時間があったらブログにも書きたいと思います。
2011年4月19日火曜日
働きはじめました
宮城県へ行ってきました。
連日ニュースでは被災地の映像は報道されていますが、横浜にいるとだんだんと震災のことを忘れ、あまりに自分たちの日常とかけ離れた光景にどこかよその国のことのように思ってしまいます。
けれども東京から車で六時間ほど高速道路を北上すれば、地震と津波の圧倒的な力で破壊された日本の街々が瓦礫とヘドロに埋もれています。すでに震災から一ヶ月経ったのにも関わらず、未だ遺体捜索がつづき、片付けなど手付かずの場所がたくさんありました。
自分の目で見るだけでなく、匂いや音や、雰囲気など行ってみて初めて体感するものに言葉がありませんでした。
元通りの復興など、いつになることか全く想像がつきません。
こんな大変な日本の状況の中ですが、この4月から働き始めました。
以前からお世話になっていた設計事務所オンデザインの西田さんと、震災復興にむけて建築家としてできることを考え、再び東北の人々が元通りの日常を送れるようにお手伝いすることになりました。
普通の就職とも少し違いますが、収入をもらってこの社会的課題に取り込むことができることは本当に縁に恵まれていることだと思います。
また、こういう動き方が自分らしいのかな、と。
これからどんなことが自分にできるのかわかりませんが、とにかく走りまわってみようと思います。
みなさま今後ともよろしくお願いします。
連日ニュースでは被災地の映像は報道されていますが、横浜にいるとだんだんと震災のことを忘れ、あまりに自分たちの日常とかけ離れた光景にどこかよその国のことのように思ってしまいます。
けれども東京から車で六時間ほど高速道路を北上すれば、地震と津波の圧倒的な力で破壊された日本の街々が瓦礫とヘドロに埋もれています。すでに震災から一ヶ月経ったのにも関わらず、未だ遺体捜索がつづき、片付けなど手付かずの場所がたくさんありました。
自分の目で見るだけでなく、匂いや音や、雰囲気など行ってみて初めて体感するものに言葉がありませんでした。
元通りの復興など、いつになることか全く想像がつきません。
こんな大変な日本の状況の中ですが、この4月から働き始めました。
以前からお世話になっていた設計事務所オンデザインの西田さんと、震災復興にむけて建築家としてできることを考え、再び東北の人々が元通りの日常を送れるようにお手伝いすることになりました。
普通の就職とも少し違いますが、収入をもらってこの社会的課題に取り込むことができることは本当に縁に恵まれていることだと思います。
また、こういう動き方が自分らしいのかな、と。
これからどんなことが自分にできるのかわかりませんが、とにかく走りまわってみようと思います。
みなさま今後ともよろしくお願いします。
2011年4月2日土曜日
金沢、0318、お買い物、結婚式、西のほう
震災から3週間、首都圏はまだ節電や自粛によってなんとなくいつもどおりではないけれど、テレビ番組の再開とともに多くの人達が被災地や原発の情報を追うのに疲れて、そのことが忘れられつつあるような空気になってきている。
でも何も終わってないし、よくなってもいない。
そんななかだけど何かしら行ったり撮ったり話したりした。
UNICORN SUPPORTのインタビューで金沢に行って、海鮮丼を食べたりホンマタカシ展を見たり
eq_mtg0318@Y-GSA from Yoichi Koizumi on Vimeo.
横国の学生と山本理顕先生、北山恒先生たちと震災後、建築家に何ができるかについて話しあったり
こんな企画に参加したり→http://anocono.com/2011/03/30/okudaayaka/
BankArtで野老朝雄さんの結婚式に参加したり
東京の西のほうの建築を自転車で駆け巡ったりしてみた。
そんなことをしつつ今自分に何が出来るかぼんやり考えていた。
3.11の震災で確実に日本のモードは変わった。ここから建築界どころか、日本がどうなっていくのかさっぱりわからない。それでも変えて行かなきゃいけないし作らなきゃいけないんだろう。
というわけで僕自身の今後についても、近いうちにお知らせすることができればと思います。
でも何も終わってないし、よくなってもいない。
そんななかだけど何かしら行ったり撮ったり話したりした。
UNICORN SUPPORTのインタビューで金沢に行って、海鮮丼を食べたりホンマタカシ展を見たり
eq_mtg0318@Y-GSA from Yoichi Koizumi on Vimeo.
横国の学生と山本理顕先生、北山恒先生たちと震災後、建築家に何ができるかについて話しあったり
こんな企画に参加したり→http://anocono.com/2011/03/30/okudaayaka/
東京の西のほうの建築を自転車で駆け巡ったりしてみた。
そんなことをしつつ今自分に何が出来るかぼんやり考えていた。
3.11の震災で確実に日本のモードは変わった。ここから建築界どころか、日本がどうなっていくのかさっぱりわからない。それでも変えて行かなきゃいけないし作らなきゃいけないんだろう。
というわけで僕自身の今後についても、近いうちにお知らせすることができればと思います。
登録:
投稿 (Atom)


