ちょっと間が開いてしまった。
この間いろいろあったので思い出しながら、散文的にパラパラと短めにつづりたいと思います。
10月中旬に名古屋に帰ったときの話の続き。
まず名古屋工業大学の北川啓介先生の研究室を訪問しました。
と言っても何か自分の研究や特別な用事があったわけでもなく、名古屋建築界隈で面白そうな人に会いに行きたいと思いtwitterを介して北川先生にアプローチさせていただいた次第です。
北川先生や研究室の多彩な活動についてはwebや「1995年以後」のインタビューをご覧になっていただくとして、僕が感じたことをいくつか。
北川先生は「1995年以後」のなかの写真でも奇天烈な眼鏡をしてたり、コスプレしてたりと、(これはあとで聞いたけど)名古屋建築界では変わった人として有名だったようですが、実際会ってみると、こんなにもポジティブでキレキレで戦略性のある人に久しぶりに会ったと感じました。逆に東京の建築家は戦略性はあってもどこかスカしているというかカッコつけすぎな部分があって、敷居が高い感じがするのですが、先生は敷居は低いのだけどこっちがウッカリしゃべり過ぎていると一字一句試されているような、知的なスリリングさを覚えました。Scrap&Buildも研究室の方々に読んでいただいて直に反応を得ることが出来たのもよかったです。
名古屋や建築に対する問題意識もかなり共通していてとても刺激を受けました。
これからも北川先生たちとは密接につながり続けたいなと思います。
単身乗り込んだにも関わらず暖かく受け入れていただいて感謝。感謝。
その日の夜はまた別の会場(この日は名古屋デザインウィークNDWの最終日)でやっていた椙山女学園大学村上心研究室のダンボール茶室のクロージングパーティにまたしても一人で潜入しました。
これは完全にノーアポかつ、もしかしたら知ってる先生がいるかもというアテも外れ、完全アウェイでした。最初一人でポツンと立っていたのですが、椙山の4年生の女の子二人に話しかけられ、その後すぐに意気投合しました。
彼女たちはUrecaユーレカ!という、Y-PACのような学生団体を主宰していて、フェアトレードファッションショーの会場構成などのデザインを任されたりしているそう。ここでもとても問題意識や価値観がリンクして、とてもよかった。ユーレカとは今後Y-PACとコラボできたらいいねという話をしつつ。
いろいろオモシロい人がいるなあ。
声をかけてきてくれた平手さん、高間さんにはホント感謝。ありがとうございました。
そんな出会いがありつつ、高校の友人@nunmoriと帰り際に会って理系な話をしたりして、名古屋を後にしました。(ちなみにナゼ帰省したかというと、卒制の敷地にしている工場見学と資料集めなどが主な目的だったわけです。)
しかしこの週、再び愛知に戻ってくることになるとは誰が予想しただろうか。
2009年11月6日金曜日
2009年10月20日火曜日
Y-PAC.TV vol.1!!!!!
Y-PAC初の動画企画うpしました!!!!
ONdesign西田司さんと担当スタッフの中川エリカさんにインタビューしています。
これから西田さんの代表作になること間違いなしのヨコハマアパートメントについていろいろお聞きしています。ありがとうございました!
後輩の平田と大沢のおかげで海外のインタビュー動画にもひけを取らない物ができました!!
ほんとありがとう!!
ご意見・ご感想お待ちしております!!!
2009年10月19日月曜日
Nagoya Encounter!!
僕の地元は名古屋のすぐ南隣の東海市というところですが、建築を勉強し始めたのが横浜ということと、中高の友達で東海圏で建築をやっている人というのを寡聞にして知らなかったので、名古屋にデザイン系人脈が全くありませんでした。
将来どこで仕事をするか分かりませんが、そんな損得勘定とは関係なく、リアルなネットワークはどこにでもつくりたいものです。
最近の僕は出待ちや突撃などを常套手段とするほど図々しくなっているため、知り合いがいないならつくってしまおうと、こちらから出かけることにしました。
(つづく、加筆予定)
将来どこで仕事をするか分かりませんが、そんな損得勘定とは関係なく、リアルなネットワークはどこにでもつくりたいものです。
最近の僕は出待ちや突撃などを常套手段とするほど図々しくなっているため、知り合いがいないならつくってしまおうと、こちらから出かけることにしました。
(つづく、加筆予定)
2009年10月17日土曜日
工学屋的な発想
またまた実家です。ホームシックじゃないよ(笑)
昨日は恒例となりつつあるワタリウム美術館でのトークセッション。
僕はビデラーです。
中山英之さん(建築家)×冨永昌敬さん(映画監督)
前回、冨永さんがインフルダウンしてしまった時のリカバー回です。
内容はいつもながらすげー面白かったんだけど、俺ごときがレポしたところでその感動は1ミリも伝わらないので特には書きません。というかあのイベントはサブタイトルの「今、この場所」じゃないけど、あの時間・あの場所を共有することでしか得られない感動がありますね。一記録者として痛感します。たぶん将来本にもならないし、DVDも出ない(だって俺が撮った映像クオリティだしw)と思うので、語り継がれて伝説みたいになるんじゃないかと思います。
フジワラさんもそれを望んでいるフシがあるww
前回の中山さんレクチャーでも既に思ったけど、中山さんがカワイイスケッチで一本ずつ慎重に線を足していくやり方は相当な覚悟が要るなと思いました。書き方しだいでスケールを横断するんです、なんて遊びのように楽しく説明してたけど、そうやってあらかじめ自分の脳を自分で揺さぶってから一個ずつ血が出るような思いで積み上げてくプロセス。
今までないような「本当に新しい建築をつくる」という覚悟はスゴイなと思う。それは石上純也さんにも同じ空気を感じる。巌窟の中で、いつか俺は王になるんだ、と思い続けるような伊東事務所での日々が中山さんのような建築家を鍛造したのかと。妹島事務所で鍛えられた石上さんも同じか。
あの表層の可愛さがなかったら厳しすぎて受け入れられないかもしれない。
血でスケッチが描いてあったら怖過ぎる。
で、その原子をぶつけて新しい物質を生み出すようなやり方は俺にはできんなーと少し前から思っていた。
覚悟がないというのももちろんあるが、感覚としてちょっと違うというか。
人によっては、建築家はそれを追及しなきゃダメなんだよ、というかもしれないのだけどもしそうなら俺は建築家にはなれないと思うくらいの影を落としていた。
どちらかというと冨永さんがトーク後の席で言っていたスタンスに共感した。
できるだけロケセットを作り直さないようにアリモノでつくる。
40分ワンカット長まわしで、実は画面内の石の影に監督が隠れていて指示を出し続ける、オンタイムで編集をし続ける撮り方。
映画には編集という行為がすでに存在している。
・・・などホントはもっともっとあったが語りつくせない。しかしそういうモノの作り方というか。
さっきの喩えなら分子と分子を組み合わせてそれがどう使えるか試し続ける行為といえるかも。
そこらへんが説明できるような言葉を今読んでいる本で見つけたので朝5時に書いているわけですw
はー、前置きが長い。。
エリーカ開発者の慶応大・清水浩教授の『脱「ひとり勝ち」文明論』という本。やさしめです。
『理学と工学の差は、ぼくの感触でいうと、「新しいもの」があったときに、
「なぜ?」
と考えるのが理学屋さんです。
「これ、何に使うの?」
と考えるのが工学屋さん。
ぼくは工学屋の典型例みたいなものです。
「なぜ?」にはあまり興味がなくて、「これ、何に使うの?」に、非常に興味がありました。』
という一節に、ああ、と思いました。
おれは工学屋的な考え方が好きなんだな、と。
原理を突き詰めていく「建築家」(それはアトリエ派と言われているのかもしれないが)がいるなら、アリモノを組み合わせて新しいモノが見てみたいと思う工学屋的な建築家がいてもいいんじゃないか。
そう考えれば、ああおれも建築目指しててもいいのかなと思えてきました。
工学屋的思考をぶっちぎっていくといわゆる「ゼネコン」になるのかもしれないけど、そこを振り切らないように未来を見据えてモノをつくるのが建築家なのかなと。
やっぱ「批判的工学主義」になっちゃうのかな~(苦笑)
まあよくわからない内容かと思いますが、誰も読んでないと思うんで(笑)
長いブログですいませんでした。
昨日は恒例となりつつあるワタリウム美術館でのトークセッション。
僕はビデラーです。
中山英之さん(建築家)×冨永昌敬さん(映画監督)
前回、冨永さんがインフルダウンしてしまった時のリカバー回です。
内容はいつもながらすげー面白かったんだけど、俺ごときがレポしたところでその感動は1ミリも伝わらないので特には書きません。というかあのイベントはサブタイトルの「今、この場所」じゃないけど、あの時間・あの場所を共有することでしか得られない感動がありますね。一記録者として痛感します。たぶん将来本にもならないし、DVDも出ない(だって俺が撮った映像クオリティだしw)と思うので、語り継がれて伝説みたいになるんじゃないかと思います。
フジワラさんもそれを望んでいるフシがあるww
前回の中山さんレクチャーでも既に思ったけど、中山さんがカワイイスケッチで一本ずつ慎重に線を足していくやり方は相当な覚悟が要るなと思いました。書き方しだいでスケールを横断するんです、なんて遊びのように楽しく説明してたけど、そうやってあらかじめ自分の脳を自分で揺さぶってから一個ずつ血が出るような思いで積み上げてくプロセス。
今までないような「本当に新しい建築をつくる」という覚悟はスゴイなと思う。それは石上純也さんにも同じ空気を感じる。巌窟の中で、いつか俺は王になるんだ、と思い続けるような伊東事務所での日々が中山さんのような建築家を鍛造したのかと。妹島事務所で鍛えられた石上さんも同じか。
あの表層の可愛さがなかったら厳しすぎて受け入れられないかもしれない。
血でスケッチが描いてあったら怖過ぎる。
で、その原子をぶつけて新しい物質を生み出すようなやり方は俺にはできんなーと少し前から思っていた。
覚悟がないというのももちろんあるが、感覚としてちょっと違うというか。
人によっては、建築家はそれを追及しなきゃダメなんだよ、というかもしれないのだけどもしそうなら俺は建築家にはなれないと思うくらいの影を落としていた。
どちらかというと冨永さんがトーク後の席で言っていたスタンスに共感した。
できるだけロケセットを作り直さないようにアリモノでつくる。
40分ワンカット長まわしで、実は画面内の石の影に監督が隠れていて指示を出し続ける、オンタイムで編集をし続ける撮り方。
映画には編集という行為がすでに存在している。
・・・などホントはもっともっとあったが語りつくせない。しかしそういうモノの作り方というか。
さっきの喩えなら分子と分子を組み合わせてそれがどう使えるか試し続ける行為といえるかも。
そこらへんが説明できるような言葉を今読んでいる本で見つけたので朝5時に書いているわけですw
はー、前置きが長い。。
エリーカ開発者の慶応大・清水浩教授の『脱「ひとり勝ち」文明論』という本。やさしめです。
『理学と工学の差は、ぼくの感触でいうと、「新しいもの」があったときに、
「なぜ?」
と考えるのが理学屋さんです。
「これ、何に使うの?」
と考えるのが工学屋さん。
ぼくは工学屋の典型例みたいなものです。
「なぜ?」にはあまり興味がなくて、「これ、何に使うの?」に、非常に興味がありました。』
という一節に、ああ、と思いました。
おれは工学屋的な考え方が好きなんだな、と。
原理を突き詰めていく「建築家」(それはアトリエ派と言われているのかもしれないが)がいるなら、アリモノを組み合わせて新しいモノが見てみたいと思う工学屋的な建築家がいてもいいんじゃないか。
そう考えれば、ああおれも建築目指しててもいいのかなと思えてきました。
工学屋的思考をぶっちぎっていくといわゆる「ゼネコン」になるのかもしれないけど、そこを振り切らないように未来を見据えてモノをつくるのが建築家なのかなと。
やっぱ「批判的工学主義」になっちゃうのかな~(苦笑)
まあよくわからない内容かと思いますが、誰も読んでないと思うんで(笑)
長いブログですいませんでした。
2009年10月14日水曜日
Scrap & Build Launch!!!!
フリーペーパー「Scrap & Build vol.1」が完成しました!!
このフリペに関しては新しくブログ作ったのでそっちに情報を載せていきます。印刷ミス(?)で最後読みにくい部分があるんですが、どうぞよろしくお願いします。
今のところ手配りしかしていないので、どこか置かせてくれるところを探しています。
学校の図書館にも置いてみたい。
ほう、見てやろう。という方はご連絡くださればどこへでも送付させていただきます。
---------------------------------------------------------------------
ArchiTV2009に行きました。
参加しました、ではなくただ行って徹夜しました(笑)
それでもフリーペーパーを配ったり、シンポジウムを聞いたり、他大の学生に絡んでみたり、Y-PAC radioを録音してみたりしました。
そこで収録したラジオはコチラ↓
Y-PAC radio vol.6 「ArchiTVという場の可能性について」
ちゃんとArchiTV 会場で収録していますが、テーマは2年後のArchiTVについてです。
特に地方の学生の方!是非聞いてレスポンスください。もちろん横国の人たちも!!
今日13日は象の鼻カフェで行われた「畠山直哉さん×南後由和さん トークイベント」を聞きに行って来ました。
ひとりで行ったけど、告知がマイナーだったためかあんまり混んでなかったよ。。
ただ内容は超濃かったです。建築夜楽校よりもしかすると難しい単語が(社会学、哲学の)飛び交っていたんじゃないでしょうか。
テーマは畠山さんの写真集「scales」と「スペクタクル」というキーワードを巡るもので、写真家と社会学者なのに完全に建築と都市の話でした。
もっと本読まねばーーーと思わされる知的なイベントでした。
やはり畠山さんは猛烈にいろんなことを考えた上で写真を撮っている人でした。カッコいいっす。
いつも煽られても質問できなかったりするので、今日は頑張って質問してみたりしました。まあ大した質問ではなかったけど…
ヤバイ、最近会いたいと思っていた人にどんどん会えてる。
outputすればするほどinputが増える。
僕らがフリペのタイトルにこめたのは、旧い自分をscrapして新しい自分をbuildする、ということだったのかもしれない。
やっぱり人と直接会って話しをする以上にオモシロいメディアはない。
2009年10月10日土曜日
建築夜楽校2009第二夜・感想
建築夜楽校、第二夜も聞いて参りました。
「プロセスとローカリティの関係について考える」
モデレーター:藤村龍至、濱野智史、パネリスト:五十嵐淳、家成俊勝、井手健一郎、古谷誠章、鈴木謙介(敬称略)
第二夜の議論は北海道・大阪・福岡という地方(東京以外)で活躍する建築家を呼んで、地域の固有性という「ローカルであること」ということを越えたローカリティとプロセスについて話が進みました。
議事ログは前回と同様、@siskw氏が実況をしてくれたものが#yagakkouに残っているのでそちらをトレースしてもらうとして、ここでは僕個人が考えたこと、共感したことを書きたいと思います。
というか今回はまとめるのが難しいです。話を咀嚼するのがまず時間がかかる。
ローカリティとは何か?ということは今になっても嚥下できていないし自分で考えることもできていないので、(こんなワードは出なかったけど)僕が今結果的に思った「建築家の職能」という点に絞って考えてみたいと思います。
今回非常に、rhythmdesignの井手さんのおっしゃっていたことに共感しました。井手さんの提示する「翻訳者的建築家像」という概念は、建築家の能力の一つとして重要で、なおかつ建築設計以外のいろいろな場所で求められる力のあり方を示しているのではないかと思いました。
井手さんの場合「バリ島風の木造バンガローをつくってほしい」と言われたが、最終的には施主がどんな思いを「バリ風」という言葉に込めていたのかということを汲み取って、それを一般的な言葉や建築言語に翻訳して、本当に施主が求めているものをシンプルな形にして建築として具現化する、というある意味コンサルタント的な建築家のあり方です。その翻訳者として実際どのようにするかというときに、面的設計プロセスというものをとっている。
よく出てきたキーワードにファシリテーターという言葉がありましたが、この利害調整者としての能力も建築家のもっている重要な能力なのだと思います。いろんな人がワーワー勝手なことをそれぞれの方言で言っていることを、優先順位をつけながら整理し、翻訳することで話を進めていく。それ自体もプロセスですが、建築家は設計プロセス(それが建物なら建築、政策なら政治)を開示することができるというツールも持っている。
そのステークホルダーを巻き込んだプロセスのなかに「突破口」を持ち込むことができることができればより面白い、というのが濱野さんの言葉だったのではないかと思います。
家成さんも井手さんもそれぞれdesign eastとdesigningというイベントでファシリテータ能力をふるっているので、そういった面からの話も聞ければよかったとは思いましたが、そういうオーガナイザーズミーティングはまたどこかの機会に開かれるでしょう。
古谷さんのおっしゃっていた「庭師」的建築家像というのも面白いなと思いました。
つまり、建物を設計して終わりではなくて、ある年限を決めて「じゃあ50年くらいつきあいますか」といってメンテナーとして、またソフト設計者としても関わり続けるというあり方です。非常に根気がいるとは思いますが、そういったこともBIMによって切断がズルズルと先延ばしになれば起こってくるでしょう。もしかしたらヒルサイドテラスでの槇文彦さんのようなあり方になるのかもしれませんが。でもまあそうなれたら街にとっても幸せなことですね。
いずれにしても僕は今後建築家の社会的必要性が増えると信じています。
もう少し正確にいうなら「建築的思考力を持ち、突破口としてのデザイン能力を持った人材」の要請ということです。ますます複雑になり、ムラの村長のような絶対的権力者がいなくなった現在、ステークホルダーが皆win-winの関係になるような合意形成をするときに、建築家的な人材が必要になるだろうと妄想しています。
論としてもあまりまとまっていないですが、今回2夜の夜学校を通してこんなことを考えました。
最後にこのような建築界のカッティングエッジをモデレートして、見せていただいた藤村さん、濱野さん本当におつかれさまでした。ありがとうございます。
そしてこのような流れを僕らの世代でどのようにより大きなものにできるのか考えさせられたシリーズでした。
2009年10月6日火曜日
卒制のために・その一
なんかブロガーの投稿インターフェースがちょっと変わってるよ。マイチェンか?
卒業設計エスキスがはじまりましたー。
僕はK山先生の班です。
今日来たのは5人で(あと2人いるハズ)、少人数でK山さんと対話しながらどんなことやりたいか考えるのは非常に勉強になってよいです。
今日は最初ということで、「どこで・なにを」程度でしたが、自分でもやもや考えてるより先生に「そんな感じでいけ」と言われると一歩前進した気になりますな。
僕は、横浜の大岡川はやめて(友達とかぶったてのもあるし)、超地元の愛知県東海市の工場地帯の再構築をやろうとしました。
上のGooglemapで左側に見えている埋め立て地です。
東海市は鉄鋼の街で、壮大な工業ランドスケープが海側に広がってるわけですが一般人は全然海の近くまで行けないんですよね〜。
そういうところの一部を使って、重工業地帯とエネルギーと観光と、研究教育なんかまで一緒くたにした何か面白いことを考えようかなと。
アイデンティティのない郊外の街だけど、僕にとっては原風景だし、打ち捨てられたブラウンフィールドになる前に新しいモデルを描けたらいいなと思います。
来週末あたり実家に帰って工場見学などしてきたいと思ってます。
ではでは。
卒業設計エスキスがはじまりましたー。
僕はK山先生の班です。
今日来たのは5人で(あと2人いるハズ)、少人数でK山さんと対話しながらどんなことやりたいか考えるのは非常に勉強になってよいです。
今日は最初ということで、「どこで・なにを」程度でしたが、自分でもやもや考えてるより先生に「そんな感じでいけ」と言われると一歩前進した気になりますな。
僕は、横浜の大岡川はやめて(友達とかぶったてのもあるし)、超地元の愛知県東海市の工場地帯の再構築をやろうとしました。
上のGooglemapで左側に見えている埋め立て地です。
東海市は鉄鋼の街で、壮大な工業ランドスケープが海側に広がってるわけですが一般人は全然海の近くまで行けないんですよね〜。
そういうところの一部を使って、重工業地帯とエネルギーと観光と、研究教育なんかまで一緒くたにした何か面白いことを考えようかなと。
アイデンティティのない郊外の街だけど、僕にとっては原風景だし、打ち捨てられたブラウンフィールドになる前に新しいモデルを描けたらいいなと思います。
来週末あたり実家に帰って工場見学などしてきたいと思ってます。
ではでは。
登録:
投稿 (Atom)

