2011年6月13日月曜日

地方都市をバージョンアップさせること

もはや横浜よりも石巻にいるほうが長いです。

石巻が抱える問題は、日本の地方都市が抱える問題そのもの。
郊外にイオンがあって、中心市街地から人が減り、誰かが新しいことをやって街を変えてくれることを待ち望んでいる。

カリスマは現れないけれど、津波が先に来てしまった。

震災後の復興というのは、震災前の状態に「戻す」ことではなく、街がそもそも抱えていた課題を少しでもクリアして前に進むこと。
今はただひたすら目の前に現れる人や出来事にリアクションする毎日だけど、今やってることが街を変える力になるのだと信じて頑張ろうと思います。

しかし、ここだけ時間の流れが速いんじゃないかってくらいには濃密。

2011年5月16日月曜日

またまた石巻

いま石巻に10日間ほど滞在しています。

実は前回、ゴールデンウィークのときに陸前高田、気仙沼、石巻と二泊三日で来ていたんですが、ブログに書いてアップしたのにBlogger側の不具合なのか全部吹っ飛んでしまいました。
もう一回書くのはめんどうなのでかきません。

さて三回目の石巻です。
毎日いろんな人にあっています。
明日からは東工大から院生が三人来て、合宿状態です。
わりと若い人に囲まれてるけど、同世代はいないので楽しくやりたいです。

最初は「うわー被災地悲惨すぎる」と思うんですが、二回目で街の人達の復興のきざしが見えて希望をもち、三回目ともなると元々の石巻の構造とか面白い場所や建物が見えてきて、建築のプロジェクトとしても面白いフィールドだと思います。
そしていい人たちに当たってると思います。
石巻自体は戦後から大きくなった遠洋漁業の街だけど、そのなかでも頭の柔らかい人たちとチームが組めてます。ありがたいです。

どうせやるなら楽しくやりたい。
そのためにはスキームをねらなきゃいけないし、ロジックを組み立てなきゃいけない。
いろんな意味でアーキテクトを目指したいと思った一日でありました。

というわけでこの滞在中、時間があったらブログにも書きたいと思います。

2011年4月19日火曜日

働きはじめました

宮城県へ行ってきました。
連日ニュースでは被災地の映像は報道されていますが、横浜にいるとだんだんと震災のことを忘れ、あまりに自分たちの日常とかけ離れた光景にどこかよその国のことのように思ってしまいます。
けれども東京から車で六時間ほど高速道路を北上すれば、地震と津波の圧倒的な力で破壊された日本の街々が瓦礫とヘドロに埋もれています。すでに震災から一ヶ月経ったのにも関わらず、未だ遺体捜索がつづき、片付けなど手付かずの場所がたくさんありました。
自分の目で見るだけでなく、匂いや音や、雰囲気など行ってみて初めて体感するものに言葉がありませんでした。
元通りの復興など、いつになることか全く想像がつきません。

こんな大変な日本の状況の中ですが、この4月から働き始めました。
以前からお世話になっていた設計事務所オンデザインの西田さんと、震災復興にむけて建築家としてできることを考え、再び東北の人々が元通りの日常を送れるようにお手伝いすることになりました。
普通の就職とも少し違いますが、収入をもらってこの社会的課題に取り込むことができることは本当に縁に恵まれていることだと思います。
また、こういう動き方が自分らしいのかな、と。

これからどんなことが自分にできるのかわかりませんが、とにかく走りまわってみようと思います。
みなさま今後ともよろしくお願いします。

2011年4月2日土曜日

金沢、0318、お買い物、結婚式、西のほう

震災から3週間、首都圏はまだ節電や自粛によってなんとなくいつもどおりではないけれど、テレビ番組の再開とともに多くの人達が被災地や原発の情報を追うのに疲れて、そのことが忘れられつつあるような空気になってきている。
でも何も終わってないし、よくなってもいない。

そんななかだけど何かしら行ったり撮ったり話したりした。









UNICORN SUPPORTのインタビューで金沢に行って、海鮮丼を食べたりホンマタカシ展を見たり

eq_mtg0318@Y-GSA from Yoichi Koizumi on Vimeo.
横国の学生と山本理顕先生、北山恒先生たちと震災後、建築家に何ができるかについて話しあったり

こんな企画に参加したり→http://anocono.com/2011/03/30/okudaayaka/



BankArtで野老朝雄さんの結婚式に参加したり
東京の西のほうの建築を自転車で駆け巡ったりしてみた。

そんなことをしつつ今自分に何が出来るかぼんやり考えていた。
3.11の震災で確実に日本のモードは変わった。ここから建築界どころか、日本がどうなっていくのかさっぱりわからない。それでも変えて行かなきゃいけないし作らなきゃいけないんだろう。

というわけで僕自身の今後についても、近いうちにお知らせすることができればと思います。

2011年3月13日日曜日

地震、僕の場合。

とても大きな地震があった。
自分自身の心の整理も含めて、僕の場合を記録しておきたい。

3/11 14:46頃
立川に向かう途中JR南武線の車内で地震が起こった。武蔵中原駅のすぐ近く。
これはすごい偶然で、結果的に身を助けたのだけど、たまたま立川・福生の建築の写真を撮るつもりで移動手段として自転車を輪行していた。しかもいつもどおり寝坊して、午前中に出かけるつもりがこの時間になってしまった。撮影的にはアウトだったけど、これもラッキーだった。
緊急地震速報のおかげか、ゆっくりと電車が止まり、止まると同時に大きな横揺れが来た。
高架の上で、しかも電車の車内という元々揺れる乗り物の中にいて震度5の地震はかなり恐ろしかった。車両ごと高架の下に落ちるんじゃないかとさえ思った。
長い揺れの後、さらにいくつかの余震、情報の無い車内は静かに混乱していた。
メールも電話も通じないなか、Twitterで得た情報を元にSkypeのクレジットをその場で購入し、Skype経由で実家の固定電話に掛けた。正直な話、iPhoneであることがかなり助かった。
一時間以上は車内に閉じ込められていただろうか。高架上なので、揺れは怖いが見晴らしが効くので閉塞環境での圧迫感がなく車内もパニックに陥らずにすんだ。
東の空には黒煙が上がっていた。
そして武蔵中原駅からの救援があり、最後尾から降りて線路伝いに避難した。
ここから不幸中の幸いにして持っていた自転車を組み立て、国道409号線から国道1号線を伝い、横浜へ。もし、この時間に福生に居て、しかも徒歩だったらと思うと呆然とする。
街道沿いはところどころ停電で信号が止まり、車道も歩道も避難する人たちで大渋滞している。多くの人達が長い道のりを歩いていた。
大きな地図で見る
3/11 18:00頃
電車や帰路の途中で得るTwitter経由の情報からはわからなかったが、家についてみるとテレビのニュースを見て今回の地震の規模を知る。関東でちょっと大きめの地震どころではなかった。それはみなさんも知る通りだろう。
信じられない光景とはこのことだ。
その後21:30頃、Twitterで自宅近辺で帰れなくなっている人に呼びかけ、関内の不動産屋さんの@yokohamastyleさんをお泊めする。
横浜駅での帰宅困難者6万人と聞き、何かできることがあればと思っていたけど、今思えば僕自身がひとりきりにならず気持ちの面でとても助かった。

そして3/12 9:00頃、少し早めに起きたのでレンタルDVDを返しついでに横浜駅や関内などニュースで映像が流れた場所を自転車で見に行った。
野次馬根性でしかないけれど、東北や北関東で途方も無い災害になっているこの震災を、自分の分かる範囲で把握しておきたかった。
横浜ダイエー前
ダイエーの階段。建物の周囲が地盤沈下したのだろう。
中継するTVアナウンサー。
大きく割れているところ。
避難場所だったパシフィコ横浜から搬出される大量の毛布。被災地へ運ばれるのだろうか。
横浜スタジアム横のビル。正面の壁(鉄筋入りの構造壁ではなさそう)が破壊され、道に瓦礫が落ちている。
3/12 11:30頃、この間までインターンでお世話になっていたオンデザインで片付けの手伝いなどをする。家で一人でポートフォリオを作るなんて気分にはなれなかった。
オンデザインのみなさんも無事だったけれど、ボスのクルマで順次スタッフの家まで送って行くと、また横浜までボスが帰りついたのは夜の2時を過ぎていたそうだ。
事務所のビルはコンクリートの壁にくっきりとクラックが入っていた。

今日はずっとネットやテレビの曖昧な情報でしかわからず、福島の原発や震源地の変わる新しい地震、群馬の祖父母、まだ連絡のつかない八戸の友人、旅先の仙台で被災し慣れない土地で避難生活をしている後輩たち、そして地図が書き換えられるほどの被害を受けた東北の状況、全てが不安だ。そして平常と変わらないように見える横浜の様子との乖離が不気味だ。
一人は怖い。被災地とは比べものにならないとしても。
友達とのSkypeで少しは気が楽になった。

ここから一人でも多くの人が助かることを祈ります。
復興に、なんの専門家でもないけど力になれたらと思います。

2011年3月5日土曜日

首都圏外郭放水路


埼玉の首都圏外郭放水路へ見学に行ってきました。
超かっこいいです。
人間の生活を守るために大地をハックするインフラ技術。
トンネルや立坑には入れないのですが、調圧水槽だけでも一見の価値ありです。
素晴らしい。
いい写真が撮れた。

2011年2月13日日曜日

the social network

映画「ソーシャル・ネットワーク」を観た。監督はデヴィッド・フィンチャー。
CP+で横浜に来ていた高校時代の友人nunmoriと飲んだあと、ソーシャル・ネットワークま観てないんだよねという話になり、24:40からの回という酔狂な時間に桜木町の映画館で観た。
自転車ですぐ行けるところにキレイな映画館があるのはいいよね。貸切というほどではないけど、他には4,5組しかいないので最後列でレッドブルを飲みながらゆったりと観れた。
もしかしたら軽いネタバレを含むかもしれないので、未見の方はご注意を。

今更説明不要だと思うけれど、この映画は世界最大のSNS、Facebookの創立とそれに関わる若者達の群像劇である。Facebookは2004年にハーバード大学の学生、マーク・ザッカーバーグが友人達とハーバードを中心とした大学生間のソーシャル・ネットワークサービスとして作り上げ、その後爆発的にユーザを増やし、今や世界5億人が登録するメガサービスである。日本だと最初の方は帰国子女とか海外留学生なんかが使ってるイメージだったけど、今はtwitterの次はFacebookだ!なんて言われたりしている。

映画の方は、基本的な設定とか出来事の順序、登場人物などは、脚色はあると思うけれど、事実に基づいている。にも関わらず、なんというかあまりの「アメリカの青春映画っぽさ」に驚いてしまった。正確に言うと、スクールカーストや秘密クラブ(フラタニティ)といったアメリカの大学事情が必ず登場するような映画の枠組み、というようなものかもしれない。
もちろん僕もアメリカに留学したこともないし、そのへんの事情に詳しいわけでもない。だけれども、前からそういう映画を見るたびに気になっていた、人種や社会的クラスやアメリカという国の理想像などが絡み合った、登場人物の背景の描き方に興味があった。し、なによりそれが純ジャパたる僕には体感的にわからなかったのだ。

そういうアメリカ映画の典型としてスポーツ万能成績優秀、もちろん家もお金持ち、というようなJockと呼ばれるスクールカーストの頂点に立つ者がいて、Geekというべきオタクハッカーがイジメられる、みたいなテンプレがこの映画にも、というよりFacebookをめぐる実際の物語にもすっかりあてはまっていたのでなんか哀しくも笑ってしまったのである。(スクールカーストは主に高校時代のものらしいので、この映画の場合はちょっと違うかもしれないが。)

Facebookの元になるアイディアを盗用したとしてマークを訴えるウィンクルボス兄弟は超お金持ちでボートのオリンピック選手(ということはアメリカ最強ということだ)の長身イケメンだし、元ルームメイトでCFOとして一緒に会社を立ち上げ、後にマークたちにハブられたことで係争相手となるエドゥアルド・サベリンもユダヤ系ではあるがお金持ちだから初期費用を投資できたわけだ。マーク・ザッカーバーグは映画の描写的にも常にサンダル履きだし、本人のwikipediaを見ても特に家が裕福という記述もない。もちろん、家庭環境という自分にはどうしようもない部分だけが重要なのではないけれど、そういった「自分じゃどうしようもできない」ものが日本よりもあからさまに大学生活に干渉してくるのは、その高い初期スペック値を与えられなかった人からしたら相当に「ウザい」ものなんじゃないかと思える。
劇中のマークのセリフで、「ウィンクルボス兄弟が嫌いなんじゃない。彼らが僕を訴えるのは、人生で初めて自分の思い通りに行かなかったからだよ。」という言葉があったが、これはなるほどなと思うところであったし、他人に興味がないように見えるマークが、ちゃんと人のことを観察していると伺わせる一節だった。
だからかどうかは知らないけれど、Facebookのプロフィールには交際情報や学歴などを書く欄はあっても、親がどんな商売をしていて自分がどれだけ恵まれているか(あるいは貧乏か)を書く欄は(当然だけれど)ない。
インターネットのフラットさ、西海岸のフラットさのほうがマーク・ザッカーバーグには快適に思えたんじゃないかな。ただそれも「フラットであること」と「好き放題やっていいこと」を履き違えたショーン・パーカーによってかき乱されてしまうのだけれど。

しかしながらエドゥアルドがハブられてしまったのはマークの本意とするところなのかはよくわからない。クソヤロウすぎるショーンに唆されただけのようにも思えた。
でもこの部分が本作での謎のまま残されて、観客に委ねられている部分なのだろう。これはFacebookの映画ではなく、ソーシャル・ネットワーク(人間関係)の映画なのだ。


まあ僕の深読みはこんなところだ。
勝手なこと書いたけど基本的には面白かった映画でした。

Facebookが実名主義で、古い友人を探すことができるとは言っても僕の中学、高校の友人のようにそもそもインターネット自体そんなにやってない場合はFacebookでも見つけようがないので、やっぱり日本でもインターネットリテラシが高い人達(アーリーアダプター)向け、例えば大学で言ったらSFC的な人たちが世界中からFacebookにアクセスしているようなイメージがある。それも結局「初期スペックの高い」人達と大体対応してくるような気もしてしまうのだけど。

双子のウィンクルボス兄弟を一人の役者が演じていてCGで別の役者の顔を合成しているとか、映像表現の裏話とか製作側で気になるところはあったけど、それは機会があるときに調べておくことにしよう。
次はtumblr.を題材にした映画をたのむよ。